~定義とその可能性~

ソーシャルキャピタルは健康に影響を与える社会的な要素です。今回はソーシャルキャピタルの定義に注目し、ご紹介します。

ハーバード大学公衆衛生大学院社会行動科学部教授イチロー・カワチ先生は、我々の健康について、以下のように提言しています。
「人々の健康状態は、生まれ育った環境や教育環境、勤務環境といった様々な影響を多分に受ける。健康状態の改善には、これらの要素にいかにうまく介入するかが重要になる。その手段の一つが、ソーシャルキャピタルを活かした健康作りだ」。

ソーシャルキャピタル (Social Capital:社会関係資本)とは、『人と人とのつながりや、社会活動への参加などにより生まれる、信頼、規範、ネットワークなどの資源』と考えられています。
わかりやすい言葉に置き換えると、『ソーシャルキャピタル≒絆』ということです。
物的資本(Physical Capital)や人的資本(Human Capital)などと並ぶ新たな概念ととらえることができます。
*人的資本:教育などによってもたされるスキル、資質や知識のストックのこと

絆は、強ければ強いほど、健康にも良い効果があるとされています。
それを示している有名な例をご紹介します。ロゼト効果と呼ばれるものです。

ロゼト効果 (Roseto Effect)

米国ペンシルベニア州に、イタリア系移民が中心に住むロゼト(Roseto)という、人口1,600人ほどの小さな町があります。その町での調査が、ソーシャルキャピタルの効果を示した例として注目され、この町の名前をとって『ロゼト効果』と呼ばれるようになりました。

この研究は、ロゼトでの心筋梗塞による死亡率が他の町と比較し有意に低かった、というものです。
心筋梗塞による死亡率を、水資源、医師、保健医療施設がロゼトと同程度のバンガー(Bangor)という町と比較したところ、1955年からの10年間では、55歳から64歳の心筋梗塞のリスクが高くなる年齢層の男性で、ロゼト住民の方が約半分程度と少ないことがわかりました。
ロゼトは、イタリア系移民の多い町のため、動脈硬化になりやすい食習慣があり、喫煙率も飲酒率も高く、また、ロゼトの男性の多くは、煤煙まみれになりやすい採石場で働いていたため、労働環境は必ずしも良くはない状態でした。食習慣、運動、喫煙などの心筋梗塞のリスク因子では、ロゼトの男性の心筋梗塞による死亡率が低い理由は説明がつかず、リスク因子によっては、ロゼトの方が悪くさえありました。
数々の検討がなされた結果、ロゼトの男性の心筋梗塞による死亡率が低いのは、社会的な結びつきや絆の強さによる影響と推測されました。同じイタリアの特定の地域から集団で米国へ移民し、教会や家族のつながりが強く、お互いに助け合い、多世代同居生活で、高齢者が大切にされていました。
しかし、ロゼトの町も時代の流れとともに変化しました。古き良き移民のコミュニティーも少なくなり、周辺の他の町と大差ない一般的なアメリカの町になっていき、1970年代に入る前頃から、ロゼトの中高年男性の心筋梗塞リスクは、他の町と同様になっていっていきました。

このように、絆と言い換えることもできるソーシャルキャピタルは、疾患に対して好影響を与えている可能性が高いと言えます。